この裁判で原告側の損害賠償を認めない法律構成は2つある。
1つ目は、妻や長男は監督義務者だが監督義務を怠らなかったとする場合。(民法第714条第1項ただし書き)
2つめは、妻や長男がそもそも監督義務者ではなかったとする場合。(民法第714条非該当)
最高裁は2つ目の法律構成で被告側に損害賠償義務はないとした。
これでは責任無能力者の監督義務者が不在という結果になってしまう。
個人的には妻だけに監督責任を認めた高裁判決が妥当ではないかと思うが、このような事案は誰にでも起こり得ることなので悩ましい。
<認知症男性JR事故死>「家族に責任なし」監督義務を限定
毎日新聞 3月1日(火)21時22分配信
認知症の高齢者が列車にはねられ、鉄道会社に損害を与えた場合に家族が賠償責任を負うべきかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(岡部喜代子裁判長)は1日、「同居の夫婦だからといって直ちに監督義務者になるわけではなく、介護の実態を総合考慮して責任を判断すべきだ」との初判断を示した。その上で、家族に賠償を命じた2審判決を破棄して鉄道会社側の請求を棄却した。家族側の逆転勝訴が確定した。
認知症の高齢者の急増が見込まれる中、介護する家族の監督義務を限定的にとらえた判決で、今後は介護を担う家族が賠償を免れる例が出てきそうだ。
2007年に愛知県大府市で認知症の男性(当時91歳)が1人で外出して列車にはねられ死亡した。JR東海が「列車に遅れが出た」として、男性の妻(93)と長男(65)に約720万円の支払いを求めた。
民法は、責任能力のない精神障害者らが第三者に損害を与えた場合、監督義務者が責任を負うとする一方、義務を怠らなければ例外的に免責されると定めている。裁判では、妻と長男は監督義務者に当たるかが主に争われた。
1審・名古屋地裁は13年8月、長男を事実上の監督義務者と判断し、妻の責任も認めて2人に全額の支払いを命じた。2審・名古屋高裁は14年4月、長男の監督義務は否定したが、「同居する妻には夫婦としての協力扶助義務があり、監督義務を負う」として、妻に約360万円の賠償を命じた。
これに対し、小法廷は「民法が定める夫婦の扶助義務は相互に負う義務であり、第三者との関係で監督義務を基礎付ける理由にはならない」と判断。一方で「自ら引き受けたとみるべき特段の事情があれば、事実上の監督義務者として賠償責任を問うことができる」とした。監督義務者に当たるかどうかは「同居の有無や問題行動の有無、介護の実態を総合考慮して、責任を問うのが相当といえるか公平の見地から判断すべきだ」と指摘した。
その上で、「妻は介護に当たっていたが自身も要介護度1の認定を受けていた」と指摘。長男についても「20年以上同居しておらず、事故直前も月に3回程度、男性宅を訪ねていたに過ぎない」とし、いずれも男性を監督することはできなかったと認定した。
裁判官5人全員一致の意見。岡部裁判長と大谷剛彦裁判官は「長男は事実上の監督義務者に当たる」と述べる一方、「デイサービスを利用する見守り体制を組むなど、問題行動を防止するために通常必要な措置を取っており、責任は免れる」などとする意見を述べた。【山本将克】
(責任無能力者の監督義務者等の責任)
第七百十四条 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。